ネイルズユニークの水野社長はネイルサロンを日本に普及させた立役者

株式会社ネイルズユニークオブジャパンは、日本においてネイルサロンの金字塔とも言うべき代表的な存在です。気軽にネイルを楽しむことが出来るスタンダードなネイルサロンであるネイルズユニーク、エレガントかつラグジュアリーな空間を作り出すネイルズユニークアルティミッド、女性に人気のブランドに特化したジルスチュアートネイルサロンなど、国内外に146店舗ものネイルサロンを展開しています。

そんな株式会社ネイルズユニークオブジャパンのトップに立つのが、水野 義夫社長です。
参考ブログ1:ネイルズユニーク水野社長格言

参考ブログ2:ネイルズユニーク|水野社長

水野 義夫氏は、学生時代にはラグビーに青春をささげ、数々の活躍をしてきました。高校時代には、兵庫県代表でラグビーの聖地である花園出場も果たしました。しかし、膝の故障により、ラグビーから退くことに。

同志社大学卒業後は、ある貿易会社に入社し、その優れた語学力を生かし、手腕を発揮します。サンフランシスコ支店に勤務中に、あるきっかけで人生初めてのネイルサロンへ赴くことに。そこで水野 義夫氏は、傷ついた爪がネイリストの技術によって一瞬にして美しい爪へと変貌を遂げたことに大きな衝撃を受けました。

「衝撃」のイメージ写真

これを機に、ダウンタウンの「マリネロ・ビュ-ティ・カレッジ」マニキュアリスト科の夜間部に入学。仕事にも慣れ、ややマンネリ感を覚えていた水野 義夫氏にとって、この学校で学ぶことはすべてが新鮮と驚きに満ちていたと言います。

 

「マリネロ・ビュ-ティ・カレッジ」での経験から、天職としてネイリストを決意したと言います。後に、日本人では初となるカリフォルニア州マニキュアリスト・ライセンスを獲得し、ロスアンジェルスの「ネイルズユニーク」に入社。

当初はアシスタントとしての業務が多かったようですが、徐々に実際にお客様にネイルを施すようになり、その人柄と技術力を買われ、「ワンボ-ル・メソッド」技術を伝授されました。その技術を生かし切った「ジャック・スパ-リング」コンテストでは、見事入賞を果たしました。

 

1986年に神戸にネイルサロンを展開してから、続々と全国各地に出店しています。メンズネイルを行う店舗もあり、男性の社長ならではの着眼点も見えてきます。

現在は、ネイルカレッジを開校し、技術力の高いプロのネイリストの育成を行っています。また、セミナーやイベントなどを頻繁に開催することで、ネイルの普及と、高い技術力の伝承を行い、多くの女性のネイルを安心安全で美しいものにしていくことに力を注いでいます。

日の出の写真